ハワイの式場選び

番外編が続いてしまいましたが、ハワイでの結婚式の準備について少し書きたいと思います。

2月に入籍を済ませるとすぐにハワイの式場選びにとりかかりました。
ハワイには9月のシルバーウィークの連休を利用して行くつもりだったので、早くいろいろ決めなくてはなりませんでした。(最近では1年前くらいから式場を予約したりするみたい)

ただ、何もかもが初めてでどこに問い合わせていいかもわからなかったので、とりあえず海外ウェディングのゼクシィを買って研究。

ハワイでの結婚式といっても、ホテル挙式、チャペル挙式、教会での挙式などいろいろなので、まずは自分でイメージを膨らませました。

そして、とりあえず大手旅行会社で海外ウェディングもてがけるHISに話を聞くことに。

HISでもいろいろ話しを聞いて、私たちは、ビーチの見える静かな場所で、列席者も少ないのでこじんまりとした可愛らしいチャペルでやりたいね、ということに。

ホテルで海の見えるガーデンウェディングも素敵だなあと思ったのだけど、天候のリスクがあるのとホテルのビーチだと観光客がとても多くて静かではなかったためやめました。
教会は少し我々には厳か過ぎる印象があり、また大きめの教会が多かったのでこじんまりという訳にはいかないという理由で却下。

ワイキキにもチャペルはいくつかありますが、ワイキキから車で40分くらい西に行ったところにコオリナ地区という、いくつか海に面したcチャペルが集まった場所があるので、そこにしました。
都会の騒音から離れる感じも好印象でした。

私たちが選んだのは白を基調とした、光りのいっぱい指す海に面した明るいチャペル。
田中まーくんと里田まいが結婚式を挙げたということで、なんとなく縁起が良さそうというのもありました笑(ミーハー)

アフターパーティーについては、チャペルに隣接されたレストランもあったのですが、出来れば海外らしくオープンエアでカジュアルにやりたいという私たちの希望もあり、HISが独自に現地のエージェントをコラボして企画しているワイキキでのプランを使うことに。

また、旅行会社なので、航空券やホテルもセットで予約しました。

ホテルはせっかく結婚式でハワイに行くので老舗のハレクラニを選択。


と、とりあえず全ていったん予約したものの、今の時代、いくらでもやり方はあります。

例えば、飛行機などもHISが予約して抱えている分だけど座席数しかないので、日にちによってはJALが満席ということもありましたが、自分たちで予約さえすればオプションが広がったりします。

また、基本旅行会社なので、チャペルなど式場を持っているわけではなく、私たちが予約したコオリナ地区のパラダイスコーブという式場も、持ち主はベストブライダルというウェディングエージェントでした。

なので、そちらで直接予約することも可能。

HISなど旅行会社で予約するメリットはあわせて旅行の予約も全て出来る+そのかわり式場代金などが割安で売りだしているところでしょうか。


でも、先ほども書いたように、自分たちでホテルを予約することも出来るので、いろいろな可能性や組み合わせでコストなどを叩きだした結果、私たちは以下の方法での予約に落ち着きました。


・チャペル→ベストブライダル
・アフターパーティー→HIS
・航空券+ホテル→エクスペディア

航空券は自分たちで予約したおかげで、JALの少し座席の広い便を選択することも出来たし、結果的に自由になった部分もあったので、手配などが面倒でなければこのようなやり方も一案です。


次回はドレスやその他関連する小物選びについて書きたいと思います♪

えりなの結婚体験談5月6日-


【番外編2】大事な大事な赤ちゃんのこと

またまたご無沙汰してしまいすみません。

結婚式までの道のりの続きを書く前にこの日を迎えてしまったので、続けて番外編を書かせてください。

入籍して2週間ほどたったある日、妊娠していることがわかりました。

いろいろ悩んだ末、当時勤めていた会社を辞めて、新しい仕事に就く3日前の出来事でした。

子どもは結婚する前からずっと欲しいと思っていました。
だから、モリさんともいつ出来てもいいねと話していました。

でも、転職の直前、サルサの発表会まで2ヶ月半、結婚式まで半年というスケジュールを控えた中での思わぬ妊娠・・・と言ってはあまりにも無責任ですが、その当時の私には「いのちを授かる」ことがこれほどまでに重大なことだと本当の意味でわかっていなかったのだと思います。

手放しで喜べないほどの生活環境の変化があり、とにかく喜びたいのに喜べない・・・
たくさんの人に迷惑をかけてしまう。

そんなことばかりを気にして、そんな自分を責めて、赤ちゃんに謝っていました。


そんな私の心が伝わってしまったのか・・・・・

赤ちゃんは、心臓の音を聞かせてくれることなく、成長することを辞めてしまったんです。


妊娠した女性の25%と高い割合で経験する初期流産。

私の場合は、妊娠したものの途中せ成長がストップしてしまう繋留流産でした。

このような場合、自然に赤ちゃんが体外に出てくるまで待つこともありますが、ずっと亡くなった胎児が子宮にとどまることは母体に良い影響がないため、手術をすることがほとんどのよう。

私も妊娠9週までねばったものの、赤ちゃんの心拍が聞こえなかったので手術を受けることに。


昨年の今日、お腹の赤ちゃんとお別れをしました。
「ありがとう。きっとまた会えるね。」と心の中で伝えました。


手術は麻酔で眠っている間にあっという間に終わり、手術前、看護師さんに「痛いですか?」ときいて「寝ている間に終わるから大丈夫よ」と言われた記憶を最後に、気づいたらベッドの上でした。

だいたい即日退院が普通です。
私は目が覚めてから回復も早く、すぐに自分でトイレに行って、夫に迎えにきてもらい、お腹がすいたと言ってそのままラーメンを食べに行ったくらい。

その日まで毎日泣いていたので、赤ちゃんがお空に帰ってしまったのは寂しかったけど、これから赤ちゃんがくれた時間を最高のものにするために頑張ろうと思っていました。

心拍も確認できなかったので、母子手帳ももらえず、妊娠の実感は少なかったですが、身体の変化はやっぱりあったので、その後、数ヶ月は改めてもうお腹に赤ちゃんがいないことを実感する瞬間があり悲しくなったりもしましたが、次、赤ちゃんが戻ってきてくれた時には心から喜んで迎えてあげられるよう、新しい職場で奮闘し、サルサの発表会でも全力を出しきり、ハワイでの結婚式もやりきりました。

そんな頃、再び妊娠しました。

昨年の9月末の出来事です。

そして現在、妊娠8ヶ月。


毎日、元気に私のお腹の中でモゴモゴ動いています。

どうやら、女の子みたい。


彼女に会えるまであと2ヶ月です。


母になる不安などはまた奮闘記を書き終えた時に改めて記したいと思いますが、いのちの尊さを実感しています。
これは、宝物です。

去年の今日、赤ちゃんとお別れシなければならなかったけど、戻ってきてくれた彼女はその生命力をお腹の中でしっかりと伝えてくれています。


元気に生まれてきてくれることを願ってやみません。

えりなの結婚体験談4月3日-


【番外編】結婚1年を迎えて思うこと

のんびりの更新のため、結婚式までを綴る結婚奮闘記なのに、入籍から1年が経ってしまいました。ごめんなさい!

ですが、結婚式までの色々は今後もマイペースに書かせていただくことをご了承いただき、今日は先日2月14日に結婚1年を迎えましたので、これを機に1年間での「気づき」を残させていただきたいと思います。

お時間あれば、お付き合いください♪


「結婚」というと、どんなイメージがあるでしょうか。

独身時代の私は20代で上京したこともあり、結婚に「焦り」はなかったけど「憧れ」に似たものをずっと持っていました。
婚活っていう言葉もよく聞くし、焦ってはいないけど、やっぱ婚期を逃したくない!とも思っていました。

私はもともと恋愛にエネルギーを注ぐタイプだったので、好きになった人とはだいたい結婚したいと思っていたけど、今思い返すと現実的に結婚できただろうなあという人は今の旦那さんだけだなあと思います。

そういう意味では、入籍して1年、私は20代後半のわりに思い切り恋愛をして、色々な方に出会い、世間知らずなままでもなく、高望みをし過ぎるでもない、ちょうどいい頃合いに旦那さんを好きになって結婚できたラッキーな女子と言えると思います。

自慢では決してありません!
でも、ハイスペック男子ばかりと付き合ってきて気づけば婚期を逃した女性も、とりあえずで早々と結婚して不倫にはしる女性も見てきた私としては、なるべくバランスのとれた自分でいようと恋愛で失敗するたびに思っていたので、そういう意味では自分の結婚の選択は(嫌な言い方をすると)120点!としています。

そして何より私を選んでくれたモリさんに感謝していますから、大前提として結婚に何一つ後悔はありません。


前置きが長くなりましたが、その大前提をもとに結婚して1年・・・・私が思うことは、

結婚とは長い戦いの始まり!(しかも短期戦じゃなく、長期戦)

ということです。

どういうことか、というと、結婚してみて私がすぐに感じたことは

「あれ、私が想像していた結婚生活と全然ちゃうやんけ!どゆことーーーーーー」(笑)

子どもの頃って、友達と話しているときに「うち(の家庭)はさあ、〜なんだよね」と自分の家の習慣というか、「うちの家族とはこーゆーもの」っていう定義を持った上で話したりしていましたよね。

多分、私も自分の中で「家庭とはこーゆーもの」っていうのがあったんだと思います。

例えば、「夕食はうちで食べる」とかね。

でも、どうでしょう。
1週間のうち平日は1度もうちで夕食を食べることがないなんてザラなうちの旦那。
しかも帰宅が遅い!

「え、え、新婚早々、浮気されてんの、あたし?!」と思ったこともしばしば。

せっかく結婚したし、私だって仕事帰りにお買い物して、料理して、旦那が帰宅したら一緒にご飯食べて、ゆっくりベッドでお話してから寝たいと思っていた「私の家庭とはこーゆーもの」が最初から崩れた瞬間でした。

それに、それまで付き合っていたころの彼とは違い、うちでは無口、疲れているとはいえもう少しコミュニケーション取ってくれてもええやんと、私の不満はどんどん膨らみました。

まあ、こんなことを社会人経験の長い友人に話すと

「は?!外資系金融で働いている人なんて仕事もキツイし、飲み会も多いし、そりゃ当然だよー!そんなことえりなだって結婚する前からわかってたでしょ?!」

と言われ、結局は社会人1年目の世間知らずな自分を目の当たりにするだけど、私はまた凹むのでした。笑


そう、どれだけ彼のことをよくわかっているから結婚しようと思っていても、実際に結婚してみないとわからないことがほとんどなんですよね。

それからというものの、、、、夫婦仲は決して悪くはないものの、「私の家庭とはこーゆーもの」には一向に近づかないので、どんどん私の不満、不安は膨らみました。

でも、それは当然でした。


だって、夫というのは「世界で一番身近な赤の他人」だからです。


このことに気づくのに、私はとっても時間がかかりました。

結婚したんだから、もう私たちは家族!と思っていた私。

でも、婚姻届という紙切れを出したからといって、その瞬間から「私の家庭とはこーゆーもの」が出来上がるわけではないし、むしろ全く違う家庭環境で育ってきた、血もつながらない赤の他人が突然、共同生活を始めるわけですから、そもそも相手をコントロールしようと思う事自体が間違いだったんですよね。

そう、結婚は単なるスタートでしかない。

いわゆる、未来の子どもたちが「うちはさあ〜」っていうその「うち(家庭)」というものを、2人で築き始めただけに過ぎなかった、ということにこの1年、もがきながら、旦那とぶつかりながら私はようやくわかったというわけです。

一生付き合っていく、一番身近な赤の他人ですから、お互い思いやりがなければ成り立ちません。
疑いはじめたらキリがないし、相手は自分を映し出す鏡でしかなかったんですよね。
それ以上でもそれ以下でも無かった。

旦那を通して、自分の未熟さ、弱さ、見たくない嫌な部分を見せられたて、ああ、自分ってこんな性格悪い女だったんだと凹みに凹んだ1年でもありました。苦笑

夫婦に勝ち負けはないということも知りました。
9割旦那が悪い!と思っても、許せてしまうのが夫婦です。

喧嘩してどんどん泥沼にハマることもあったけど、妻が幸せなら夫も幸せ。
夫が幸せなら妻も幸せ。
夫婦とは実はこれくらいシンプルなものなんだということもわかりました。

それくらい、誰かと共に生きるというのは、「学び」であり「豊かな経験」であるということも。

周りの人には、えりなちゃん本当に幸せそうとたくさん言って頂いていたけど、人生で一番もがいた時間だったかもしれません。


それくら結婚というのはある意味疲れる作業というか、多分、1人でいたほうがよっぽど楽ってことが本当にあると思う。

でも、さっきも書いたように、結婚すると人生が豊かになるなって、それは自信を持って言えます。

なんでもそうかも。楽なことばかりだと人生つまらないですもんね。笑

そして、ちょっと冷めた言い方をすると、誰と結婚しても不満や文句は出てくると思います。
他人だから仕方無い。思い通りにいかないことがあって当然。


だからこそ、大好きな人と結婚出来たら最高だと思います。

私はまだまだ未熟です。
女性としても、人間としても、毎日落ち込むし、これでいいのかなといつも思いながら生きている。

でも今はそれでいいのかなと。
だって何十年一緒にいるうちの最初の1年が過ぎただけ。
それだけでも溢れるほどの1年でした。

これから歳をどう重ねていくか。

長期戦だからね。


素敵な女性、人間になっていって、モリさんにはふとした瞬間に改めて私に恋してもらおうと。
そんな瞬間の積み重ねが結婚なのかなと思っています。

って、私って本当にモリさんのことが大好きなんですねえ。笑

このままいくとただのノロケになりそうだからこのへんで。

好きだから辛いこともあるけど、好きな人と一緒にいれることも幸せは言葉には表せない。

大変だけど、幸せだなあとふと思う。

その最たる例が「結婚」だと思います。


私は結婚して、幸せです!!!!(ってまだ1年、当たり前か。笑)

えりなの結婚体験談2月17日-


両家顔合わせ&入籍

2月14日に入籍することを決めてからは、結納をどうするかという話になりました。

名古屋生まれ、と言うとよく「しきたりを重んじて、結婚式も豪華なんだよね?」と言われることが多いのですが、実際は時代と共に変わってきているんじゃないかなあと思います。

私たちも結局、結納はせずに両家顔合わせの食事会を名古屋で行うことにしました。

名古屋城が目の前に見えるレストランでの食事会・・・自分の親を婚約者のご両親に紹介するってこんなにもドキドキするんだ、と驚くほど緊張しました。
当たり前かもしれませんが、私の両親も彼のご両親もすごく緊張していたらしい。。。笑

でも、なんと私の父親も彼の父様も昔バンドをやっていたという共通点からどんどん話が盛り上がり、それまでの心配はどこかへ吹っ飛んでしまいました。

無事に両家の顔合わせが終わり、バタバタと婚姻届の準備へ。

とにかく平日は仕事で忙しく婚姻届を取りにいく時間もなかったので、買ったゼクシィについていたピンクの婚姻届を使うことに。笑
ゼクシィはプロポーズされたら一度は買いたいと女子が思うものの1つですよね。

私もプロポーズされた次の日に同じく結婚が決まった幼なじみと買いに行きました。笑
しかもゼクシィはすこぐ太くて重いので、それを「花嫁の重み」と言うんだとか。笑

何はともあれ、無事2月14日に婚姻届を提出しました。

休日だったので、区役所の警備員さんに渡すだけかと思いきや、意外としっかり見てくださり、おめでとうございますと言われてなんだか恥ずかしかったのを覚えています。

その日にイニシャル刻印をお願いしていた結婚指輪を取りに行き、銀座で入籍祝いランチ。
エスキスというミシュラン2つ星を獲得しているお店ですが、本当に素敵なお店でした。

名古屋の両親と彼のご両親には、この日に届くようにお手紙を書いていました。


タナカからモリになった実感は全くなかったけれど、うちの両親はとっても寂しかったようです。

その気持ちは自分も親になり送り出す側にならないとわからないと思います。


でも、大好きな大好きなモリさんと結婚できたのは、両親がここまで育ててくれたから。

それだけは確信していました。


えりなの結婚体験談1月24日-


彼のご両親と初対面

プロポーズされた2014年12月29日の翌日、モリさんのご両親に初めて会いました。
既にご両親には「婚約者を連れて行くから」と言っていったらしいのですが、私はとっても緊張しました。

お父様はお医者様、モリさんは一人っ子、話を聞く限りお母様はずっと結婚してほしいのにする気配のなかった息子が突然、結婚を決めたからどんな子を連れてくるんだ?!と疑心暗鬼のようだったからなおさら緊張しました^^;

会ってみると、想像通りのお2人、、、お父様は本当に温和で優しい方で、お母様はよく喋るチャキチャキした方。
タイプとしてはうちの両親に似ていたので、安心したのを覚えています。

緊張していてうまく話せなかったけど、緊張していたのはモリさんのご両親も一緒だったと後で聞きました。

美味しい中華料理をいただき、それから私は名古屋へ、モリさんとご両親は西宮へ年越しに向かいました。

帰宅後、「ただいま〜〜〜あ、私結婚することになりました〜♪♪(キラーンと左手薬指の指輪を見せる)」という娘の軽ーい結婚報告にうちの両親はズッコケていましたが、とても喜んでくれました。
これまでも留学します、東京の大学院に行きます、内定蹴ってメキシコの会社に勤めます、など、とにかく突然の事後報告ばかりだったので、今回もか・・・という感じだったようで。。。


モリさんからは「うちの両親がえらいエリナのことを気に入っていたよ。おばあちゃんや親戚にも知らせたらとても喜んでいて、あらためて幸せを実感しています」とメールをもらいました。

最高に幸せを感じての年越しでした。


2015年になり、バタバタと結婚の準備がはじまりました。

というのも、これまでもほとんどモリさんの家に入り浸っていた私。
私は貯金をはたいて背伸びして恵比寿に住んでいたので、「もう恵比寿の家は引き払ったら?」とモリさんに言われていました。

入籍はサルサの発表会が終わった5月頃を考えていましたが、「先に一緒に住むんだったらちゃんと籍を入れてからにしなさい」というのが今どき古風な私の両親の意見でした。

モリさんと私の誕生日は夏だし、特に二人のお付き合い記念日もなかったので、じゃあ結婚記念日を忘れないように2月14日の「バレンタインデー」に入籍しようとトントン拍子に決まったのでした。


そんなわけで年明け早々、じゃあ籍を入れる前に両家の顔合わせはしないと!ということでバタバタと準備が始まったのでした。


えりなの結婚体験談1月11日-