ひなの結婚体験談です。


ひなちゃんのプロフィール

1973年3月生・AB型・丑天中殺・弟ひとり。
ダーリンは5歳年上。魚座・O型・申天中殺

1998年12月。出会い
2003年 7月。入籍。挙式

2月26日 -



彼との出会い。

 男友達が、破談で落ち込んでいた私を励まそうと開いてくれた飲み会。(本当はやりたくなくてほぼ無理矢理だった・・・)

 彼は、友達の会社の先輩。待ち合せ場所で何気なく振り向いた瞬間、遅れて来た彼とバチッと目が合った。その時お互いに「ピピピッ」ときたらしい・・・?(後日談)

 でも、私の彼に対する印象は「カッコイイしタイプだけど、遊んでそうだし軽そう〜。それに冷たくて何だか嫌な奴!!」

 ただ、その後のデートでは、普段人見知りする私が全くそんなこともなく自然に振舞え、もう随分前から知っているような、不思議な感じがしました。

2月25日 -



ファーストキスと初クリスマスイブ

 飲み会で彼と初めて会い、電話番号を交換しました。
 初めての電話は、その2日後に彼から。でも、電話はなかなか繋がらず、最初はすれ違ってばかりの2人でした。

 そんな2人を唯一結びつけてくれたのが、私からのメールです。

 彼はね、2回も電話してもウンともスンとも言ってこないから、「やっぱりダメなのかなー。」と諦めかけてたところだったみたい。

 そこに私からの、電話にでれなかったお詫びと”また誘ってください”メールがきたので、”ヤッタ!!”と思ったらしい・・・。

 やっと彼と話ができたのは、初めて会ってから1週間も経ってから、彼からの実に5回目の電話でだったの。そして、その2日後に初デートをすることになりました。

 さて、当日。金曜日の夜7時半に待ち合わせをしました。時は忘年会シーズン。当然どこのお店も混んでいてなかなか入れず、寒空の中、40分も街中をウロウロしてしまいました。

 彼はとても冷静に見えたけど、内心はとっても焦ってたんだって。「あ〜、俺ってかっこわりーィ」って。(笑)

 でもね、結果的にはそれがよかったの。正直言うと、とっても疲れたけど、最初の印象が印象だけに、これでお店も予約もバッチリだったらいかにも!!って感じでしょ?これで一気に親近感が増して、その後の会話も弾みました。そう、もう随分前から知っているような不思議な感じがしたのはこの時です。

 1軒目、2軒目・・・で、そろそろ終電の時間。翌日は土曜日。当然私は朝早くから仕事です。乗換えをする駅に着いた時、彼から「もう1軒だけ行こう。ちゃんと送るから。」と言われ、翌日のことなんてすっかり忘れ、(それこそ本能の赴くままに)彼について電車を降りてしまいました。

 連れて行ってくれたのは夜景の綺麗なバー。そこで、「本当に彼氏いないの??」とつっこまれ、嘘をつくのも嫌だったので、本当の事を話しました。話してるうちに自然に涙がポロポロでてきて、そんな私の涙を拭い、「そんな奴のこと俺が忘れさせてやるよ。」・・・って、本格的に口説かれたのかな?

 バーを出てからタクシーで彼の家へ。彼の家は偶然にも前の彼の会社や住んでいた所の近く。その事をポツリ、ポツリと話す私の手を、彼は無言でギュッと握り締めてくれました。

 彼の車で私の家まで向かう途中は、何を話したのかもう前のことで覚えてないけれど、家に着いて私が「今日はありがとう。楽しかった。」と言った瞬間、彼にkissされたのだけは忘れません。何だかね、私も自然にひきよせられるようにKissしてたなぁ・・・恥ずかしーぃ(*^o^*)

 そして、彼から「クリスマス誘っていい?」と、次のデートの約束までしちゃいました


 クリスマス・イブ当日は、ちゃんと素敵なレストランを予約してくれて、プレゼントまで用意してくれていました。プレゼントは、あの”ダンシング・サンタ“。(笑)

 初デートで行ったお店に置いてあったのを、私が「可愛いー。欲しいなぁ。」と言ったのを覚えていて、わざわざ探して用意し、食事を終えてさあ帰ろうという時に、突然車の後部座席から出してくる・・・という憎い(?)演出をしてくれました。

 これが初デートだったら、きっと「うわー、遊び慣れてるってカンジだわーこのキザ男
くん!!」と思い込んで、続かなかったかもしれないな。

 何はともあれ、ここから、私達のお付き合いが始まりました。でもね、この時は、まさか結婚話がでるまで付き合うなんて思ってもなかった。

 どうせすぐ終わっちゃうんだろうな・・・ってね。実はこの時点では、まだ彼のことを“遊び人”と思い込んでいたの。だからなかなか彼の事信じられなくてね。

 その後、彼は、疑り深い私の固〜く閉ざされた心を開けるのに、相当苦労したみたい。(笑)

2月24日 -



初めて彼の家へ 。

 やっと夏休み。4日間の予定で、車で旅行に行くことになりました。

 それだけでも嬉しいのに、この日は、彼が初めて家(一人暮らし)に招待して
くれたんです。

 それまで何度となく「今度家に来て料理作って〜。」等々と言う割には、「人を部屋には呼ぶのはあまり好きじゃない。」と言って、なかなか招待してくれなかった彼。本気なのかな?からかってるのかな?・・・と、まだまだ疑っていた私は、彼がそんな事を言う度に、招待してくれない事を遠まわしにチクチクつっついてました。もう付き合い始めて半年以上にもなるのに、招待してくれないのって怪しいでしょう??(笑)

 その日はちょうど日曜日、日中は道路が混むので、夜東京を出ることに。で、それまで時間があるから・・・と、招待してくれることになりました。 

 「家においで。」と言ってくれたとき、「あんまり待たせると、ますます疑っちゃうだろ??」と言ってました。確かに・・・メチャクチャ疑ってた。(笑)で、行って安心しました。お世辞にもキレイとは言い難かったけど、女性のニオイはしなかったから・・・。ヽ(^。^)ノ 彼も、「な?安心しただろ?」なんて言ってたな。

 当時私はホテル勤務でブライダルの仕事をしていたから、シフト制の上、土日は必ず出勤、休みも不定休。当然彼とは、夏休みや冬休み以外は、丸一日休みが合うことは滅多にありませんでした。デートと言えば、土日のどちらか1日、私の勤務が終わる頃に彼がホテルまで迎えに来て、食事をした後家まで送ってくれる・・・という具合に、1週間に1度は会っていたものの、時間的には3〜4時間という短い時間でした。

 でもね、彼が家に招待してくれてからはお泊りもできるようになり、少しだけど、一緒にいる時間が増えたんだ。だから、彼がやっと決心してくれて嬉しかった!

 私がホテルを退職するまでの約1年間は、本当にお互いに時間をやりくりして、頑張ってたなぁと思う。私の周りでは、休みが合わなくて別れちゃった人がたくさんいたから、私達は大丈夫かな?なんて心配だったんだ。やっぱり休みが合わないのは辛いからね。

 一度彼に聞いてみたことがあるんだよ。そうしたら、「正直言うと、休みの日に一人でいると寂しいなぁと思うことはあるけど、そういう仕事なんだから、仕方ないよな。ひなのせいじゃないよ。」って、優しく言ってくれました。

 ちょうどこの頃、婚約解消の傷もまだ癒えてなくて、ブライダルの仕事をしているのがもの凄く辛かった。それに、彼との時間ももっと欲しいなぁと思っていたから、ふっと、「転職しようかなぁ。」って呟いたら、彼がすかさず、「じゃあ、今度は土日休みの仕事にすれば?」って・・・。やっぱりそれが本心なんだなって思った。

 今こうして付き合っているのも、彼の努力があったからこそだと、本当に感謝しています。

2月23日 -



うつ状態〜彼の前で大泣き

 8月の日記に友人の前で泣いた事を書いたけど、実はその数日前、彼の前でも大泣きしました。

 ちょうどこの日は、翌日彼が休みを取れることになり、タイミングよく私の休みと重なり、お得なプランで某ホテルの予約も取れたので、一緒に泊まることになりました。彼のほうが早く仕事が終わったので、先にチェックインして部屋で合流することに・・・。 

 でも、私は・・・。接客中に、前から何となくおかしいなと感じていた事(接客中の手や声の震え、息苦しさ)にハッキリと気付き、そんな自分の異変に驚き、恐怖を感じ、そして悲しくなり、接客を終えた後も、しばらはく頭の中がパニックしていました。仕事も手につかない状態だったので、3日後にブライダルフェアを控えて忙しい中、手伝いもそこそこに退社し、彼の待つホテルへ急ぎ足で向かいました。

 彼がドアを開けてくれる瞬間まで、手足は震えていました。そして、部屋に入った途端、彼の胸に顔を埋めてワンワン泣いちゃったんです。「もう接客できないよ。怖いよ。話せないよ。もうやだよ。」って言いながら・・・。

 彼はすごくビックリしていたけれど、私をギュッと抱きしめて言ってくれたの。

「もう接客はするな。もう我慢しなくていいよ。泣きたいだけ泣け!ずっとこうしてるから。」って。しばらくヒクヒク泣いてたな・・・。泣き終わった後は眼が真っ赤。

 でも、たくさん泣いたらお腹空いちゃって、彼と美味しいディナーを食べる頃にはケロッとしてました。(笑)

 きっと、彼と会えたから、彼が側にいてくれたことで安心できたんだと思うのね。

 一日中一緒に過ごせた翌日も涙は出なかったし、すごく穏やかに過ごせたから・・・。それでも、別れる時間が近づくとだんだ不安になっていき、次第に眼が潤んでいったの。だけど彼を心配させたくなかったから、我慢して帰りました。

 でも、やっぱりダメだった。家に着いた途端に、また涙。自分でも何が悲しいのか分からないけれど、とにかく、次から次へと流れてくる涙はなかなか止まりませんでした。翌朝も、出勤前にひと泣き。そして出勤後、友人の顔を見た途端、堰を切るようにして涙が・・・。

 その後は、8/31の日記のとおりです。

 この日初めて、”彼氏”という存在の前で感情を露わに大泣きしました。今まで弱い部分を見せたことがなく、ましてや泣くことなんて決してなかったのに、彼の前では自然に振舞え、素のままの自分を見せることができたんです。

 彼は、私は気が強くて甘えないタイプだと思っていたらしく、とても驚いていました。この日以来、ひなは徐々に泣き虫に、そして甘ったれになり、今では、「会った頃は、こんなに甘ったれで泣き虫なんて全然思わなかったのに。なぁ、ひな〜?!」と、いじめられてます。(/_;)クスン





 8月31日の日記より 

 1年半ほど前に、今の仕事に転職しました。

 それまでは、ずっとホテルウーマンとしてバリバリ(?)働いてたんだよ。それも、ブライダルサロンで!初めてブライダルに配属された時は、まだ結婚式にさえ出たことがなくて、何も知らなかった。先輩にレクチャー受けて勉強したものの、日本の結婚式はいろいろとしきたりも多いし、婚礼プランの内容も複雑だったから、独り立ちした時は本当に心臓が飛び出るくらいドキドキして頭の中真っ白になりそうなのを、アンチョコ見ながら必死で接客したのを覚えてる。(笑)

 だからこそ、初めて独りで説明して、案内して、契約してくれて、打ち合わせを担当したカップルの式が無事に終わった時は、本当に嬉しくて感動しちゃった!挙式のリハーサルを見て泣いちゃったりしてね・・・←ひなは結構涙もろいのです。(T_T)

 退職するまで何組の結婚式を担当しただろう?? どのカップルも、今でもよ〜く覚えているけれど、やっぱり初めて担当したカップルが一番の思い出として残ってるかな。

 "ホテルと言えばフロント or コンシェルジュ!"と思っていたから、まさか自分がブライダルの仕事に就くなんて考えてもみなかった。でもね、式を終えたばかりの2人の幸せそうな笑顔や式後に届く"ありがとう"の結婚ハガキを見るたびに、この仕事をしていて良かったなぁと思ったよ。

 本当はずーっと続けたかったけれど、婚約解消後もこの仕事をするのはすごく辛かった。でも好きだったから、頑張ったの。「自分が結婚する予定だった日が過ぎれば大丈夫!そんな弱い人間じゃない!!」って言い聞かせてね。彼も側にいてくれたから、頑張れた。

 それでも、心も体もそのストレスには勝てなかったみたい。

 だんだんと、接客するのが苦痛になっていった。最初は普通に話せるし、笑えたけど、ある日突然、お客さんの前に出ると手も声も震えて、話しているうちに息が苦しくなっていって・・・・。

 そんな状態が数日続いた後、翌日にブライダルフェアを控えた日の朝、出勤して友達の顔を見た途端に号泣しちゃってね。ずっと「もうダメ!もう接客なんてできない!したくない!もう嫌だ!」って言ってた。

 その日はすぐに帰されて、真っ直ぐ彼のところに行きました。彼は予定を返上してずっと側にいてくれて、「これからどうするか、最後に決めるのはひなだけど、ひなが決めた事なら俺は応援するから、頑張れ!」って言ってくれた。

 そういえば、この日を境に、彼に対する信頼度がグ〜ンとUPしたなー。(^o^)

 その時初めて心療内科に行ったけれど、そこでは薬をくれるだけだったの。薬を飲めば落ち着いたけれど、やっぱり接客はできなかった。初めて会う人と話すのが怖くて、ほとんど仕事にならなかったから、その数ヵ月後にはホテルを退職しました。

 病院へは、辞めてから行かなくなっちゃった。ブライダルの世界から離れたことで大丈夫だと軽く考えていたけれど、あの時もっとちゃんとケアしておけば、今また苦しむことはなかったのかもしれないね。でも、後悔先に立たず。

 過去があるから今があるし、病気のおかげ(?)で、彼との絆が深まったと言っても過言ではないはず。

 今は彼にすごく迷惑かけてるけど、ひなは絶対に病気を治すから、それまでひなのこと支えてください。克服して元気になったら、今よりももっともっと、彼のこと幸せにしてあげたいな・・・(*^-^*)

 そしてね、またホテルに戻って、皆の幸せのお手伝いをしたいな。
 何だか、しんみり長くなっちゃった。
 そう、号泣したのがちょうど2年前の今頃、9月の初めのことだから、夏が終わると何となく思い出しちゃうんだね。読んでくれて、ありがとう。

2月22日 -



大切な思い出

 2000年6月25日、彼から「しばらく会うのよそう。少し距離をおこう。」
と言われました。

 3月に結婚をほのめかす事を言ったにも関わらず、いつまで経っても具体的な話はしないし、それどころかあえて触れないようにしている様子の彼に、私はとってもイライラしていました。

 そのイライラを無意識に彼にぶつけてしまって、とってもワガママになっていたんですね。そんな私に彼は窮屈さや戸惑いを感じていたみたい。偶然に私も同じ事を考えていたけれど、もうしばらく様子をみようかな・・・と思っていた矢先の出来事。しばらく考え、最終的には彼の意見を受入れました。

 でも、心の中では「一度離れたらもう二度と元には戻れない」と、その時点で既に別れを覚悟していました。

 でも、その日の夜に彼から撤回のTELが・・・。

 受話器の向こうの彼は涙声で、「帰りの電車の中で、もう一生ひなと会えないような気がして、すごく悲しくなった。自分勝手だとわかっているけれど、ひなを失いたくない。もう一度やり直したい。」って・・・。

 翌日会いました。

 彼は私の婚約破棄の事実は知っているけれど、私は彼が過去に辛い経験をしていることを知らなかった。

 それがトラウマになっていて、恋愛や結婚に対して慎重すぎるほど慎重になっていた事。また、引越しばかりの子供時代の事や、そういう生活が自分の性格にどう影響したか・・・・等々。とにかく、彼も私も、自分のことや今の気持ち、感じてること、これからの事・・・今まで胸にしまっていて言えなかったこと等思いつくままに話しました。

 もちろん、「距離をおこう」と言われた翌日だけに、初めは彼に対して多少の不信感はありました。でも、一生懸命話す彼の姿に嘘はないと確信できたので、もう一度やり直すことに・・・。

 きっと、離れるとわかって初めて、お互いに相手の大切さに気付いたんですね。その日は彼が初めて、私に全てを曝け出してくれた日です。

 そして、今まで自分が幸せにしてもらう事だけを考えていた私が、初めて「この人の事を幸せにしてあげたい」と思った瞬間です。

 だから、何よりも大切な思い出なのです。

 今思えば、たった一日でよりを戻したことは、ただただ笑うしかないです(笑)

 正直なところ、彼の話を聞いてしばらくは、その”過去”に押し潰されそうになったこともありました。聞かなければ良かった・・・って。

 でも、知らなくて幸せなこともあるけれど、知らなくてはいけないこと(過去)もある・・・と、私は思います。

 この一日があったから、今の私達があり、同じような過ちをしそうになっても、ふと思い出し、立ち止まり、話し合い、解決していけているのだと思います。(彼にどんな事があったのかは、2人だけの秘密とさせてください。)


 思い出話とは違いますが、彼を好きになってから、今までと違う自分がいることに気付きました。

 その時、ある雑誌に載っていた言葉・・・これが私の心に深―く残っています。

 もしスペースが許すならば、是非、ももカフェを訪れる皆にも読んでもらいたいと思ったので、追記させていただきました。(少しアレンジしてますが、雑誌からの引用なので、掲載していただけるか否かはおまかせいたします。)

 『 男と女は、出逢ったときのままでずっと付き合っていけるものではなく、どこかで影響しあい、シーソーのバランスを取り合いながら、お互いに少しずつ変わっていくもの。

 よくすればふたりで成長しあえるし、悪くすれば片方が言いなりになった分、片方が横柄になる。どちらにしても変わっていくもの。

 つまり、出逢ったときに“相性”は見えない。ふたりのシーソーが動き、止まったときに、自分がどういう女になっているか?それを見て初めて彼が“運命の人かどうか”がわかるはず。

 素直になれて、優しくなれて、思いやりももてる、でも、言うべきことは、きちんと言えて、でもけして激したりしない。自分でも何だか大人になったなと思える自分・・・そういう自分とめぐり会ったら、そのときの彼が、すなわたち」

 “当り”。自分自身を好きになっていく恋愛こそ最高の恋愛であり、大好きな自分へいつの間にか自分を導いてくれた相手こそ “最高の相性”。』

2月21日 -



初めて一人暮らし&抑うつ神経症

 この日まで、私は実家、彼は一人暮らしでした。

 彼の家にお泊りできるようになったものの、やっぱり毎週だと両親はいい顔をしないし、私もその度に言い訳を考えるのが辛くて・・・。かと言って、お互いの家は車でも電車でも1時間〜1時間半もかかるから、早めにバイバイしなくちゃならない。ずっと一緒にいたい私はすぐにでも結婚したかったけど、この頃の彼は、まだその気にはなっていなくて、それもムリ。

 だったら、私が彼の家の近くで一人暮らしをすればいいんだ!と、夏の旅行から帰って別れがたかった時、フッと思い、ずっと一人暮らしをしてみたかった私は、その数週間後には既に家探しを始めていました。←いつも思いつきで行動してるのがバレる・・・(^-^;

 こういう大事な事となると、ひなはとっても細か〜くなります。おまけに条件もたくさんあったから、なかなかコレッ!という物件が見つからなくて、契約するまでに2ヶ月半位はかかったかも。おまけに、何事も準備万端でないと済まない&心配な性格なので、新生活を始めるまでは、それはそれは大変でした。

 そんな性格と、家探し&引越しでストレスが溜まったんだろうね。この頃から、また、気分の浮き沈みが激しくなり、軽いうつ状態が長く続くようになりました。

 そして、これがキッカケで、あの時の症状が再発。

 以前通った病院はあまり相性が良くなかったので、改めて慎重に探し、自宅から近いところに、今通っている病院を見つけました。

 初診の日は、彼が付き添ってくれたの。初めに検査、その後30分〜1時間ほどカウンセラーの先生と話をしてから診察を受けました。診断内容は、この段階では、”自律神経に乱れがある”(いわゆる自律神経失調症)とのこと。その日は数種類の薬をもらって帰宅。それから2週間に1回通うようになり、しばらくして心身の状態が安定した頃、カウンセリングを受けるように勧められ、これも月に1〜2回受けるようになりました。その後、何気なく見た先生のカルテに書かれていたのは、”抑うつ神経症”という言葉。

 今でも、通院とカウンセリングは続けています。先生もカウンセラーも、「絶対に治る病気だけど、時間がかかるからゆっくり治療していきましょう、決して焦らないこと」・・・と。

 自律神経失調症は、ストレスと緊密な関係にある病気だそうです。今の世の中で、ストレスを感じないことはないよね。今のひなは、ちょっとのストレスにも過敏に反応し、それに耐え得るだけの力を持っていないの。だから、薬を飲んでいても症状は良くなったり、悪くなったり・・・。とにかく、いつも何かしらの心身症状が出ていて、半年以上経った今でも、元気!と思える日は殆どないかな。

 特に被害を被っているのは彼かも。(笑) 泣いたり、不安になったり、落ち込んだり、あたってしまったり・・・。いつも振り回しちゃってます。(^-^; でも、決して愛想を尽かすことなく、「こんな状態で一緒にいるなら別れた方がいいよ!」とヤケになって言う私に、「たとえ俺と別れて他の奴と付き合ったって、同じ事を繰り返すだけだぞ。だったら、今俺と一緒にいる間に治そうって思わなきゃ!」と言ってくれ、「これからもひなと一緒にいたいと思っているので・・・」と、カウンセラーの先生とも話をしてくれました。

 そんな彼がいてくれたから、初めは凄く寂しかった一人暮らしも、生活が落ち着いてくると楽しく思えるようになったの。自炊も楽しくて、週末はずっと彼と一緒に過ごせたから、すごく幸せだったんだ。私が一人暮らしを始めたことで、お互いに(特に彼は)結婚について具体的に考えるようになったし、思いつきでスタートして、辛い想いもしているけれど、結果的には良かったのかもしれないな。私にとっても、いろいろな面で良い経験になったから!(*^-^*)

2月20日 -



ひなちゃんももカフェに初登場

ひなちゃんが、はじめてももカフェで足跡を残してくれたのは、カリメロちゃんの結婚祝いのメッセージでした。記念に掲載しておきます。


 カリメロさん、ご結婚おめでとうございます。

 私もカリメロさんと同じ27歳です。私自身と重なる部分が多く、どうしても"おめでとう"のメッセージを送りたくなりました。

 私も2年前に、7年間付き合っていた人に突然婚約を破棄されました。両家の顔合わせも式場の予約も済んでいたのに・・・。ハッキリした理由は今でもわかりません。

 当時私はブライダルコーディネーターとして働いていた為毎日がとても辛く、死のうとさえ考えたこともありました。薬(精神安定剤)の力を借りて何とか仕事をしていましたが、ある日とうとう接客できなくなるまで精神的にも身体的にも追いつめられ、退職せざるえませんでした。

 ブライダルの世界から離れて落ち着きましたが、まだ完全に心の傷は癒えず、例えようのない不安感に襲われることに耐え切れず、2ヶ月前から心療内科で薬による治療とカウンセリングを受け始めたばかりです。

 そんな私の支えになってくれているのが、破談直後に出会った今の彼です。彼は全てを知った上で私を受け入れ、病気についても、どうしていいか分からないながらも一生懸命理解しようとしてくれ、「一緒に治そう」と言ってくれました。

 私も、カリメロさんと同じように彼と出会って生活が明るくなり、私自身も変わりました。そして何より、自分が大好きだと思えるようになったのです。そう思わせてくれた彼に出逢えたのは、過去があったからだと、少しずつですが受け止められるようにもなりました。

 一時は私が"結婚だけ"に焦り過ぎ、別れ話も出ましたが、今はお互いに必要な存在だと認め合え、結婚の意志があることも確認できました。具体化するのは、私が病気を克服してからでしょう・・・。今、それに向けて二人で頑張っています。

 今日、カリメロさんの奮闘記を読んで、さらに勇気づけられました。ありがとう!どうぞ、末永くお幸せに!

2月19日 -



プロポーズ

 2000年3月頃からそれらしき事は言われてました。

 それから1年経ち、今年に入ってから 「来年の夏頃に一緒になりたいと思ってる」と言われ、正式には今年の4月29日に、彼が中3〜高校3年間という一番多感な時期を過ごした、思い出がたくさんある広島でしてもらいました。

 一日の予定を終えたホテルの部屋でのことです。留学を優先するか迷っていたけれど、今は彼の側で彼との絆を深めていきたいと決心し、その想いを彼に話した後に「結婚しよう」と言われました。

 この旅行が決まった時から、彼は自分が育った場所で言おうと決めていたようですが、そんな事知らなかった私は大感激で泣いてしまいました。

 ただ、この日はちょっとしたアクシデントがあったんです。前日までケンカしてた上に、当日は私が寝坊してしまい、待合わせ時間に彼からの電話で起こされ、思いっきり怒鳴られました・・・。

 すっぴんで髪もボサボサ、半泣き状態で駅に向かうと、反対から彼の姿が見えました。怒鳴られるかな?嫌われるかな?もう私達ダメかな?・・・いろんな考えが頭をよぎりましたが、彼は怒るでも怒鳴るでもなく、冷静に 「電車じゃ間に合わないから、タクシーで行こう。」と一言。

 タクシーの中では二人とも無言で、私は自分が情けなくて窓のほうを向いて泣いていました。彼はそれに気付いたのか、無言で私の手をギュッと握り、空港に着くまでずっと手をつないでいてくれたんです。

 運転手さんがとばしてくれたお陰で飛行機には十分間に合い、仲直りもできました。

 ちなみに、「ごめんね」と謝った私に彼が言った言葉は、「間に合ったから大丈夫だよ。それより早く顔つくらなきゃ(化粧しなきゃ)な!!」でした・・・(-_-;)

 彼はプロポーズしてくれた後に、朝私が来るまでは「どんな風に怒ろうかと考えていたけど、一生懸命走ってくるひなの姿を見たら、これ以上ひなを傷つけちゃいけない、俺が守らなきゃいけないんだ・・・と思った」と話してくれました。

 私もタクシーの中で彼が手をつないでくれた瞬間、「やっぱり彼じゃなきゃダメだ。」という想いでいっぱいでした。これも大切な思い出の一つです。

2月18日 -



ケーニヒスクローネを土産にご両親にご挨拶

 ご挨拶と言っても、
 彼は、”お付き合いしています挨拶と結婚の挨拶の半々”と考えていました。

 とういうのも、今まで彼女の話をしたり紹介することは1度もなく、今回が初めて。何事も慎重に事を進めていく彼だから、もう何度も、突然連れて行って「結婚します」なんて言ったら驚いてしまうから、”結婚前提の顔見せ”として会わせたいと言われていたの。

 でもね、1週間前に、彼からご両親に引越し〜結婚式までの大まかなスケジュールを話してもらってたから、ひなは随分と悩みました。だって、半々って・・・、そんな曖昧なぁ。ねぇ?!^^; ずーと心の中で、”ってことは?また正式な結婚の挨拶をしに行くのかな?それも変な話だなぁ・・・。”と密かに思っていたけれど、何を言っても考えを変えないのは分かっていたので、あえて言わず、彼の言う通り”半々”ということで、この日を迎えました。

 ひなは結構小心者なので、1週間前から心臓はドキドキ。何を着ていったらいいか、彼相手にファッションショーまでしてしまったほど。(笑)

 初めは白のお嬢さん風のスーツにしようと思っていたけれど、何しろ”半々”だから、彼が「それじゃあ、ちょっとかしこまり過ぎじゃない?」というので、悩みに悩んだ末、敢えてスーツではなく、ベージュのロングスカートにオフホワイトのハイネックのセーター、首もとに明るい色のスカーフを巻き、上に茶系のテーラードのジャケットを着て行きました。

 (これもね、当日彼にチェックしてもらったの^^;)

 で、次は手土産。彼は「そんなのいらないよ。」と言っていたけれど、手ぶらでいく
のも失礼なので、彼が神戸に住んでいたときによく買っていたという話を思い出し、
ケーニヒスクローネのお菓子にしました。

 でね、このお菓子をめぐって、実は彼と一悶着あったのです。(また!笑) 彼が、そこのお菓子を持っていくことをポロっと話しちゃったの。(普通は言わないよね〜ぇ。)

 この時点でひなは、当日店頭に行って良さそうな物を買えばいいと考えていたのに、お母さまが大好きな”クローネ”は時間・本数限定で、並ばないと買えないもの。

 お母さまはとても喜んでいたようだけど、そんなの知らなかったひなは、彼に文句を言ってしまったのです。案の定彼は「そんなに言うなら買ってこなくていいよ!絶対に買ってくるなよ!!」と逆ギレし、数日は気まずい雰囲気に・・・。で、結局は前日までに予約すれば好きな本数買えることがわかり、一件落着。(ホッ!)

 当日は11時頃彼に迎えに来てもらい、まずは新宿までクローネを受け取りに行き、彼の実家の近くでランチを食べてから、2時過ぎに伺いました。お母さまが、「初めからお食事だと緊張しちゃうでしょうから、お茶の方がいいわね。」と気を使ってくださったのです。

 そして、いよいよ・・・。チャイムを押そうとしていた彼が「いい?いくよ。」って。

 その時、ドキドキは最高潮。

 玄関先で迎えてくれたのはお母さま。「はじめまして。」とご挨拶した直後に彼が、「もの凄く緊張してるんだって。」と言ってくれ、それに対してお母さまも「あらー、私も緊張してるのよー。」と笑ってくれたことで、少し、緊張がほぐれました。

 そしてリビングに通され、お父さまにもご挨拶をして、お土産を渡しました。

 席についてクローネをいただいた後、なんと、お父さまお手製のケーキをだしてくださったの!料理に凝っていることは聞いていたけれど、お菓子作りもされ、レパートリーも広いようなのでビックリでした。

 でも、念のため、わざわざこの日のために練習もされたようで、お母さまにそれをバラされてしまった(?)お父さまは、少し照れてらっしゃるように見えました。(生クリームをチョコレート生地で巻いたロールケーキでしたが、甘さもほどほどで、とても美味しかった〜♪

 ひなも時々ケーキを作るけれど、その時々で成功したり失敗したり、そんな話をしていて、「今度是非教えてください。」と言ったら、わざわざその場でレシピを書いて渡してくださいました。

 本当はもっといただきたかったけれど、言い出すタイミングを逃してしまい、おいしいケーキを食べそびれてしまいました。残念(>_<)ゞ 

 ひなは緊張すると貝のように口を閉ざしてしまうので、この日は借りてきた猫以上に大人しかったみたいです。(彼談) そんな状態だったので、彼やご両親が話してくれたことに対してお話しするぐらいしかできませんでした。(うぅぅ・・・ちょっと情けな
いかも。^^;)

  それでも約2時間ほど、ご両親の多趣味な様子等々、楽しくお話しできました。その中でも一番盛り上がったのが、やはり、スキーの話です。彼の家はスキー一家。

 お父さまはあらゆるスキー場に詳しく、クリスマスの3連休に彼と初滑りに行く話をしたら、いろいろと情報をくださいました。お母さまも、「今度一緒に滑りに行きましょうよー。」と。是非一緒に行ってみたいけれど、後をついて行くのがやっとかもしれないなぁ・・・。

 (練習しなきゃっ!)

 そして帰り際、お母さまの趣味の一つである造花のアレンジメントをいただきました。これもわざわざ作ってくださったようで、セロファンとリボンで可愛らしくラッピングしてくださり、ケーキとダブルで感激しちゃいました!その他にも、最近陶器の絵付けを始めたみたいで、ペア(らしい)カップをちらっと見せてくださり、「ちゃんと用意してあるわよ。」と。(^-^)

 実は、ここまで、結婚についての話は一切でてこなかったの。でも、帰る際に席を立ったときにお母さまが、「今後ともよろしくお願いします。○○のことお願いしますね。」と。

 ひなも慌てて「こちらこそ、よろしくお願いします。」と、ここで初めて、改めて挨拶らしい挨拶をしました。

 後で「これって挨拶したことになるの??」と彼に確認したら、
 「そうだよ!」と言い切っていたので、
 一応、両親への挨拶は無事に終了しました。(笑)

 これには後日談があり、翌日お母さまから彼にメールがきました。彼はそのままひなにそのメールを送ってくれたのだけど、それには『・・・大変美しく感じの良い素敵な方ですね。安心しました。そして、貴方を見直しました、見る目があると・・・』と書かれてありました。

 彼に直接宛てたメールだけに、お世辞じゃないんだなぁ・・・と思うと、素直に嬉しかったです。(*^-^*)

 「次は是非お食事に・・・。」と言ってくださり、本当は年末にご一緒するはずでしたが、彼の仕事が忙しくて時間が取れなかったため、年明けに予定変更です。今からとても楽しみです。

2月17日 -



私の両親に挨拶(母の質問攻撃に答える彼)

 さて、今度は彼の番です。

 彼は、引越しの時に一度(玄関先だけど、)顔を合わせているので、正確には2回目。

 でもね、やはり結婚の正式な挨拶は緊張するよね。ひな同様、「何を着てこうか?何て言おうか??」等々と、数日前から聞いてきてました。

 時間は、ひなの時と同じくティータイムにしました。

 2時少し前に到着。普段は一発で駐車してしまう彼も、かなり緊張していたのか、この日ばかりは何度もやり直していました。自分でも「結構、緊張してるなぁ〜。」なんて言ってたっけ。(笑)(^-^;

 家に上がってもらうなり、まずは、母による景色自慢!

 ひなの家はマンションの6階で、天気が良いときには富士山はもちろん、新宿副都心や東京タワーまで遥か彼方に見えるの!夏はあっちこっちの花火がベランダから見えてしまう好立地。

 でもねぇ、だからって来てそうそう見てもらうなんて・・・、彼はちょっと戸惑い気味
でした。(^-^;)

 景色を見てもらった後は、ももちゃんを紹介。飼い始めた頃に一度会っているけれど、もうそれから5ヶ月近く経ち、体もその時の2倍になったので、彼も驚いていました。

 ももはとーっても人好きで、彼にも尻尾をフリフリ飛びかかっていってましたよ。そんな積極的なももに、彼はちょっとおっかなかビックリという感じでした。(笑)

 そして、やっと席に。

 彼は「お茶飲む前に話を切り出す。」と言っていたけれど、ひな母がおしゃべりで、切り出すタイミングをすっかり失ってしまっていたので、景色自慢の話が続いている間に、間取りの話→家探しの話・・・と、何とか軌道修正をし、彼の口から言出だすタイミングを作りました。

 ひなが彼のご両親にご挨拶したときには、結婚についての詳しい話は一切出なかったけれど、ひな家では、私が(おしゃべりなため)すーっかり全部話してしまっていたので、両親共に全て分かっていたけれど、彼自身自分の口から言いたいということだったので、今大まかに決まっていることを話してもらいました。ひなが話をした時点で何の問題も反対もなかったので、話はすんなり。

 後は、仕事の話や趣味の話・・・等々で2時間アッという間に過ぎました。ほとんどひな母が話していたような気もするけれど、最初の方は額に汗をかいていた彼も、時間が経つにつれて緊張もほぐれてたようで、母の質問攻撃にも結構答えてました。(笑)

 で、帰るとき、天気も良いしせっかくだからということで、車で5分ほど行ったところにある大きな公園に、ももちゃんの散歩に一緒に行ってもらうことに・・・。

 玄関で両親が、お決まりの文句「ふつつかな娘ですが、どうぞよろしくお願いします。」と言い、彼も「こちらこそよろしくお願いいたします。」と挨拶をして、正式な挨拶はここで終了。

 後は、2人でももの散歩を楽しみました。

 玄関が閉まった後の彼は、“ホッ”という顔をしていたよ。ひなもそうだったけれど、一気に肩の力が抜ける感じ。「一仕事終わった〜ぁ。」って感じかな?

 彼も、ももちゃんもお互いに気に入ったみたいで、一緒にかけっこしたりボール投げして遊んでました。ももがもう少し大人になって落ち着いたら、車で一緒に旅行に行きたいねという話もしてくれて、嬉しかったな。o(^-^)o

 30分ほど遊んだ後家まで送ってもらい、マンションの真ん前で、ひと目を気にしつつ軽くチュッとしてバイバイしました。

 彼は最後に一言、「合否聞いておいて!」って・・・。
 ふふふ(^-^) 彼はね、この日を迎える前は、「“仕方ないから行き遅れる前にひなのこともらってやるよ”って言おうっと。」「絶対だなー??」「うん、絶対!」なーんて言ってたんだよ。

 冗談だってわかっているけれど、そのギャップがまた面白いんだ。

 何はともあれ、これで、第一関門お互いにクリアしました。

 両家顔合わせは引越しが済んで落ち着いてからになりそうです。その前に、ひなは彼のご両親とお食事に行く予定もあるし、もっともっと仲良くなりたいと思います。

2月16日 -



挙式申込み&初のドレス試着

 挙式場所をどこにするかなかなか決まらなかったけれど、最終的に第一希望のイギリスにするか第二のオーストリアか迷い、後者に決定。

 決めた理由は、リーガルウェディングができること。
 どうしても挙式日=婚姻日としたかったので、場所は二の次にしました。でもね、小さい頃からピアノを習い、音楽が大好きなひなにとっては、オーストリアという国はとても魅力的。

 挙式予定のザルツブルグはモーツァルト生誕の地、そして、挙式場となる建物に隣接して建つのは、サウンド・オブ・ミュージックの中でマリアとトラップ大佐が結婚式を挙げた教会。ココでの挙式は出来ないけれど、記念撮影ができるみたいなので、楽しみ!事前の映画チェックは欠かせないなぁ。

 さて、プロデュース会社も決め、早速申込み。
 挙式日、料金、プラン内容、オプション内容・・・その他細々した説明を聞き、予約金を支払い、一段落。

 ドキドキしながら行ったものの、申し込み自体は意外とアッサリ。お店を出てから、「申込んじゃったねぇ。本当に結婚式挙げるんだねぇ。」なんてノンキに話してました。(笑)

 その後は時間もあったので、前から行ってみたいと思っていたドレスショップに足を運びました。実はホテル勤務時代に一度だけ、ウェディングドレスを着たことがあるの。もちろん仕事だったので選べず、与えられたドレスを着ただけ・・・。だから、カタログを見て「これもいい、あれもいい」と好きなものを着ることができたので、メチャクチャ楽しかった!

 ドレス選びの条件は、まずトレーンが長いこと、プリンセスラインのようにふんわりし過ぎていないこと、どちらかといえばシンプルなもの、の3つ。

 でもね、カタログを見るとどれもこれも良く見えるので、目移りしちゃって優柔不断なひなはなかなか絞ることができなかったのです。そこで、条件を伝え、あとは担当の人にお任せして何着か選んでもらいました。

 お店の人、やっぱりプロですねぇ・・・。
 自分で選んだドレスより、担当の人がチョイスしてくれたドレスの方が断然似合ってた・・・私って、センスないのかしら??(^^;
 実際に着てみるのとでは全く異なるし、意外なデザインが似合ったりするので、いろいろと発見がありました!どちらかというとアイボリーが似合うとアドバイスされたので、色はアイボリーに絞ることに。

 この日は、カタログの中からどうしても気になったものも含め合計6〜7着くらい着たかな?その中で3着まで絞りこみ、また次回試着して決めることにしました。

 この間彼は見てるだけ。一番初めのドレス姿を見た彼の顔は忘れられません。"鳩が豆鉄砲を食らったような顔"って、あーいう顔を言うんだろうな。ポカーンとして、しばらく言葉失ってました。(笑)

 後で、「ドレス本当に良く似合ってた!! キレイだったよ!」って・・・。普段そんな事言わないので、ビックリだし、やっぱり照れます。(*^^*)

 当日はもっと驚かせたいので、今からお肌のお手入れして頑張ろうっと!

2月15日 -



7つのダイヤが光るデザインのマリッジリング

 優柔不断なひなにしては珍しく、マリッジリングは即決でした。

 エンゲージの変わりの時計と同じブランドで揃えようと、前々から決めていたの。以前、時計を見に行ったついでにマリッジも見せてもらい、薬指の付け根に沿うようにカーブして指にしっくりくる付け心地にも、7つのダイヤが等間隔で埋め込まれているデザインにも一目ぼれ!

 パヴェタイプもあったけれど、「何だかオバサンみたいだよ・・・」という彼の言葉もあり、7ダイヤに決めました。

 ただ、この時点でひなのリングの在庫がないことが判明。一つ一つ手作りの為、納期がいつになるかもわからないとのこと。中には1年〜2年待つケースもあるとかで、とりあえず3〜4月の状況で、オーダーするか否か決めることにしました。

 彼と話し合った結果、マリッジは一生つけるものだから、妥協するのはやめよう、ということに。挙式に間に合わない場合は、安いペアリングで代用することになりそうです。でも、タイミングがあえば挙式までに間に合うかもしれないので、それを祈りつつ待っているところです。

 後で知ったんだけど、↑のようなことはよくあることで、ネット上の花嫁掲示板(?)等では周知の事実らしいの。ココって、生の声がダイレクトに入ってくるので、思わぬ情報に出会えることも・・・。これから花嫁になる人は要チェックです!

2月14日 -



衣装決定

 12月に2回目の衣装合わせをしました。

 この時に、前回選んだ中から再度試着をして決めよう・・・と思っていたんだけど、ちょーど(タイミング良く?悪く?)ドレスのセールをしていて、尚且つ新作が入ったばかりということもあり、ナント!追加で4着試着しちゃいましたーぁ。^^;

 前回同様片っ端から試着をして、最終的には1回目から気になっていたイタリア製のドレスと、今回新作から選んだドレスをチョイス。

 やっぱり・・というか、当然この日はどちらにするか決められなかったので、次回、彼が衣装合わせをする際、バランスを見て決めることになりました。

 そして、当日。
 ドレスショップに向かう車の中でもずーーーーっと、写真を見比べ、彼相手というより、ほぼ独り言に近いカンジで「どっちがイイかなぁ??」と呟いてました。当然彼は"いつものヤツが始まった・・・"と完全無視でした。(笑)

 この日は彼から試着。
 前回カタログから選んだものを用意してくれていたんだけど、レンタル中でどうしてもサイズが揃わないものは、1サイズ下のものを試着。
 全体的な雰囲気はGood!なのに、視線をずらして足元を見るとツンツルテンでおかしくってね、笑わずにはいられなかったわっ。でもね、照れながらファッションショーをしてくれましたよ。^^

 割と好き嫌いがハッキリしていて頑固なところがあるから、人の意見を聞くこともなくアッサリ決まるかなぁ?と思っていたら、やっぱり晴れ舞台だからか、あっちもこっちも・・・と迷ってましたね。

 ひなも決めかねてたし、お互いにとっかえひっかえ試着して、鏡とニラメッコをしてようやく決めたのは、試着開始から2時間は経っていたかもしれないなぁ。終わった後は、二人とも疲れ果ててました。(笑)

 ひなは結局、後に選んだ新作ドレスにしました。
 前から見るととてもシンプルで一見さみしく感じるんだけど、バックにポイントがあり、そこに一目ぼれ!

 彼や母からも「後ろなんて見えないじゃないっ!」と言われながらも決定。決めた今も、写真を見ながらニコニコして、ベールをロングにするかショートにするか、また迷っています。(笑)

 どんなカンジかは、当日ちゃんと着付けた写真を楽しみにしていて下さい♪

 そしてそして、ドレスはセミオーダーになるため、挙式まで半年あるひなも、まっさらな1着を作ってもらうことにしました〜ぁ♪(*^^*)

 ドレスの出来上がりは4月中旬。その後細かなサイズ合わせをし、ピッタリの1着を作ります。だから、それ以降は痩せてもいけないし、太ってもいけないんだよねぇぇ・・・。(ーー; 最近、食べたいだけ食べてるから・・・よしっ、がんばろうーっと。

 そして、その時までに決めなくちゃいけないことが、ドレスをレンタルにするか購入するかです。料金的には大差ないので買いたい気持ちが大きいんだけど、保管場所も考えなくてはいけないので、これまた迷い中。真空パックにしてくれたり、Baby用のおくるみに作り変えてくれるらしいので、購入するのも記念になるかな、ね!

 結局、ドレスは合計10着前後着たことになるんだよね。でも、今思うともっと着とくんだったわっ。だって、こんな時しか着れないものね。^^

 ひなの結婚した友達も、もう1回着た〜いって口揃えて言ってるもの!

2月13日 -



両家顔合わせ

 彼もひなも、そしてお互いの両親も、格式ばった事はしたくなかったので、結納はせず、食事会のみにしました。

 会場は新宿のホテル。
 本当はね、1/26の日曜に行う予定だったの。でも、希望していた日本食の個室が予約でいっぱいだったため、1週遅らせました。まだまだ大丈夫だろう・・なんて思っていたけど、結構結納等の予約が入るみたいだね。ちょうど大安だったからかな?

 26日だったら、ヤワラちゃんと一緒だったのにね。
 同じ日だったら、おっきぃダイヤもらえたかしら?? ひなもあんなのして、「重いわ、これっ♪」なんて言ってみたいわ、残念。^^;

 さてさて、会食のスタートは「本日は〜・・・」という彼の挨拶から。真面目な顔して話してる彼を見ていたら、思わず笑いそうになちゃったけど、堂々と話してる彼はなかなかカッコよかったですよ・・・うふっ♪

 会食は終始和やかでした。
 ひなパパはどちらかというと無口な方なので、主に彼のお父さんが話してたかな?趣味で造っているお酒やスキーの話等々、とにかく多趣味で、話が尽きなかった。

 もちろん、挙式や旅行の話もしたよ。
 この会食で、列席者はできる限り添乗員同行のツアーにしましょう、ということで意見がまとまりました。

 列席者は今のところ、全部で7名。両家両親だけだと思っていたけれど、親戚も3名ほど来てくれることになり、結構賑やかな挙式旅行になりそうで、今から楽しみです。わざわざ遠い所まで、2人のために来てくれる人がいるって、本当に嬉しいね。

 これから、挙式日にピッタリ日程が合うツアーを探さなくちゃ!
 一つ終わったと思ったら次、と、やっぱり花嫁になるって大変だわ〜。

2月12日 -



彼の親戚を訪問

 さて、式全体の大枠が決まって一段落したところで、GW中に彼の親族(母方)の家へ挨拶に行って来ました。

 彼のおばあさまの目があまり良くないとのことで、お義母さまより、早いうちに顔を見せてあげて欲しいと言われていたのです。海外はもちろん、東京での披露パーティーにも来ていただくのは難しそうなので、2人で訪ねることにしたんです。

 行く前はそりゃ〜緊張しましたよーーー。
 皆さん近くに住んでいるということもあり、お義母さま方の親戚の方々全員で迎えてくれました。(緊張倍増・・・)

 初めはご自宅にお邪魔して、その後は外に場所を変え、食事をしながらいろいろな話をしました。特に彼の小さな頃の話題が多かったので、その頃を垣間見れたような気がして嬉しかったな。

 食事中は、彼が席を外した時に叔母様から「(彼)難しいところある?」なんて聞かれ、思わず「ちょっと頑固なところが・・・」なんて言ってしまいましたわ。^^; そうしたら、叔母様妙に納得していました。どうやら彼のお義父さまも相当頑固らしい・・・。これは、準備を進めていく中で徐々に明らかになっていきました!

 何はともあれ、快く受け入れていただけて本当に嬉しかったです。それにプラスして、彼も久しぶりにおばあさまに会うことができ、良い(?)報告ができてお互いに喜んでいたことが、ひなとしても嬉しく思いました。

2月11日 -



結婚式に向けてラストスパート!

 3月頃から、現地での婚姻時に必要となる書類の申請、挙式や衣装、ヘアメイクの打合せ、旅行の選択・・・等々何かと決めなくてはいけないことが増えてきました。

 自分達の準備もそうだけど、親族のツアー確保にも奔走し、この時期は本当に心身ともに疲れ果ててました。

 戦争にSARSと時期が悪く、せっかく早めに申し込んでいた日程ピッタリのツアーは催行されるかわからない状態。彼パパは「ツアーが催行されないなら行かない!」なんてこと言い出すし、かと言って添乗員ナシのフリーツアーは嫌だというし、「じゃあ、一体どうすりゃいいのよ〜!!」と投げ出しそうにもなりましたが、結局イチから探しなおしました。だって、ひな家は行くのを楽しみにしていたし、彼ママも行きたそうだったから。(でも、彼パパの頑固には逆らえない様子) やっぱり、2人っきりよりは大勢の方が嬉しさ倍増だからね

 でもね、こういう時ってストレスになることが次から次へと出てくるのね。

 運悪くそれに追い討ちをかけるように仕事でも部下が一人増え、仕事量も責任も増していき、尚且つボスの予定に振り回され、ついにはまた、心がダウンしてしまいましたー。(T-T)  ストレス耐性、ほんとーに低いんですよね・・・。決して仕事内容が嫌いなわけじゃないんです、働くことに疲れてしまって・・・って、言い訳?

 体が重〜く、会社に行くのが辛くて、家に帰れば毎日泣いていました。結婚式の準備も全然楽しいと思えなくなるどころか、もう止めてしまいたいとさえ口に出すように・・・。

 結局、彼の強い希望(・・・というよりほぼ強制的。当たり前か・・・)もあり、またまた心療内科へ。そこで出された診断は、やっぱり"鬱病"でした。 結婚式前は特になりやすく、楽しいはずの準備も苦痛に感じてしまう・・・という先生の言葉は、まさにその通りでした。

 今の会社に転職するまでは通院&投薬をしていたけれど、忙しさと調子の良さから勝手に薬を止めてしまったことが良くなかったみたいです。調子が良くてもしばらく薬を飲み続けないと、再発の可能性が増すんですって。

 「式が終わるまでの1〜2ヶ月間は仕事を休むように」と言われたけれど、急な人員補充は難しく、しばらくは出張免除&ボスが出張中に休み、あとは薬を飲んで騙し騙し、何とか切り抜けました。(でも辛かった〜)

 もちろん、彼も協力してくれて、式の準備はもちろん、家事等も進んでしてくれたし、何よりも、仕事で疲れてるのにひなの愚痴や泣き言をヨシヨシと聞いてくれましたわ。本当に感謝してます。(*^-^*)

 そんなこんな努力(?)の結果、列席者の旅行も無事見つかり、催行決定。両親共々一安心。ひな家は早速式用の服を買いに行き(わざわざ・・・)、私が実家に戻るとあーでもない、こーでもないとファッションショーをしてくれました。(^^;

 それにしてもやっぱり、式前って考えていた以上にナーバスになるものです。こんなんで引越しも同時期にしていたら、きっと倒れていたことでしょう・・・。

 これからご結婚される皆さま、働きながらの準備(特に直前)はホントーに忙しいので、余裕を持って準備することをゼーッタイお勧めいたします。

2月10日 -



エステ三昧の日々

 晴れの日の為に、実は、今年の1月からエステに通っていたのでーす。

 残業で数回ムダにしつつも何とか通いました!だって、やっぱりキレイな花嫁になりたいじゃない!!(豪語)特に、背中の開いているドレスだったから、顔はもちろん、背中をピカピカにしたかったの。

 大体月に2回位の割合で、初めはフェイシャルを中心に通いました。でもね、日頃の食事やストレスで肌状態は左右されるもので、特に春からはいろいろな事もあり、それまでの苦労が水の泡ってカンジであまり良い調子ではなかったのです。

 それにエステサロンとの相性も実はあまり良くなくて・・・。友達の紹介で行き始めたんだけど、人それぞれなんだよね。効果が全くなかったわけではないけれど、ひなには合っていなかったみたい。(でも、半年前に一括でお金払っちゃってたから、全部消化するまでは通ったよ。)そこで売っている化粧品も併用していたけれど、サロン自体に疑問を持ち始めたら、その化粧品使うことにもためらいを感じるようになっちゃった。

 結局、背中のケアは皮膚科でやっているケミカルピーリングを新たに始め、フェイシャルは残りの回数を消化しつつ、自分に合う基礎化粧品を一から探し求め、同時に総仕上げ&シェービングのできるエステも新たに探しました。

 "美"に対する女性の執念(って、ちょっと大袈裟?)はもの凄いもので、相当な時間を費やし吟味した結果、納得のいく化粧品&サロンを発見!(それまでエステに通ったこともなかったし、"美"に対しても割りと無頓着だったから、安易に紹介されるがままに通ったんだけど、この時点で、最初からもっと考えれば良かった!と後悔しました。)

 さて、厳選した化粧品とケミカルピーリングで肌状態も徐々に回復し、7月に入ってからはかなりイイ状態に!

 新しく見つけたサロンも雰囲気が良く、施術してくれるテクニシャンの人もイイ感じ。そこでは、成田へ移動する前日に顔&背中のシェービング&ケア、両腕のワックス脱毛、眉やツメも整えてもらってトータル6時間!頑張りました。(でもさずがに疲れた・・・) 

 ただ、その後問題が勃発!ワックス脱毛をしたことがなかったひなの腕が、あまりの刺激にビックリしたのか、所々赤く腫れてしまったの。エステからもらった鎮静剤を塗って翌朝少しは治まったかのように見えたんだけど、赤みはそれほどひかず、出発を目の前にして、そりゃ〜もぉ泣きたい心境でした。

 「出発は翌日、今日は成田に移動しなくちゃいけない・・・。彼のタキシードもお店に取りに行かなくちゃいけない・・・。赤みも少しずつひいているようだから、このままなら大丈夫かも・・・?でも、もし治らなかったら?赤いままだったら?それが一生残るの???・・・etc.」と不安に悩んでるひなを見て彼が、「一生に一度のことだし後で後悔するなら病院に行ってこい!出発は明日なんだから、今日中に成田に着けば大丈夫。行く途中で病院に寄るから診てもらいなさい!!」と一言。結局、バタバタと慌しく荷造りをして予定より少し早めに家を出て、行き付けの皮膚科に駆け込みました。飲み薬と塗り薬を出してもらい、一安心して成田へ。

 専門医に診てもらったこと、薬をもらったことで安心したのか、症状は徐々に治まり、式当日はよ〜く見ないとわからない程度まで薄くなりました♪ でもその後、ヨーロッパの紫外線の恐ろしさを思い知らされるのでした・・・。

2月10日 -



オーストリアにて挙式&入籍

 ザルツブルグに着いて3日目。いよいよこの日がきました!

 朝7:30にヘアメイクさんが来ることになっていたのに、朝が弱いひなは、相変わらずギリギリまで寝てしまい、大慌て!

 ヘアメイクさん到着後、早速準備開始。

 「欧米の人はパーティー等でアップにすることも多いから、ヘアスタイルに関しては心配しなくて大丈夫よ。」と行き着けの美容師さんに言われていたので、リハーサルの時の写真を見せて、後はお任せ。

 この時は、手際よく髪を巻いていくのを鏡越しにジーっと見つめつつ、メイクの心配をしていました。いろんな失敗談も聞いていたし、特にひなはアイメイクに拘りを持っていたので、上手くいくかドキドキ。いくら通訳さんがいるとは言え、細かなニュアンスはなかなか伝わらないもので、案の定、アイメイクに関しては自分でやったほうがいいでしょう、とメイクさんに言われてしまい、花嫁自ら施しました。そして最後にベールとティアラを付けて出来上がり!
(この間ひなは、新郎の存在をすーーーっかり忘れていました・・・ゴメンネ)

 彼も緊張していたらしく、珍しく、「髪型どうしようか?こうがイイ?それともこう?」なんて聞いてきたので、ひなはベール&ティアラを着けたまま、ドライヤー&ブラシを持ち、彼の美容師に変身しました!(笑)

 さて、ヘアメイクの後は着付け。

 通訳さんが手伝ってくれて、まずパニエを入れ、バックにズラーーーーッと並んだくるみボタンを一つ一つ掛け、全ての準備が完了。

 その時には新郎である彼も、タイに四苦八苦しながらも何とか着付け終了。そしていざ出発!となりましたが、思い描いていた優雅な支度とはほど遠く、バタバタとしたものでした。

 ホテルの外にはボンネットに花をつけたベンツが待っていました。ベンツといえども普通のセダン。やっぱりパニエの入ったドレスで乗るには、リムジンくらいの広さがある車でないと大変です。乗り口が狭いので、乗り降りするのに一苦労でした。ドレスもシワシワだし、車の油汚れがつかないか、ヒヤヒヤでした。

 私たちが挙式をしたのは、ザルツブルグから車で30分程の所にあるリゾート地の一都市、モントゼー市内のモントゼー宮殿でした。ここ一帯は湖が点在する美しい場所で、一般的にはザルツカンマーグートと呼ばれ、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台としても有名な所なんですよ。

 ちなみに、ザルツブルグは「塩の城」、ザルツカンマーグートは「塩の宝庫」、そしてモントゼーは「月の湖」という意味なんですって。素敵でしょ?

 なので、車の中のBGMはもちろん「サウンド・オブ・ミュージック」。

 私たちが到着したときには既に列席者は到着していて、アシスタントをしてくださる市の関係者の方やカメラマンと共に出迎えてくれました。車に花をつけていたからか、とーっても目立っていたようです。車を降りると更に目立ち、観光客もカメラ片手に私たちを撮影してました。

 こちらからの持ち物として結婚指輪とリングピローを預け、ブーケ&ブートニアを受取り、まずは、映画の中でマリアとトラップ大佐が挙式をしたことで有名な教会の中で記念撮影をしました。本来なら祭壇の中には入れないのですが、ウェディングの場合は特別に許されているようです。でも、私達は教会の中をゆっくり見ることもなく、慌しく撮影をして出たのでした・・・。かなり残念(T-T)

 その後は、挙式が行われる部屋に行くまで、あらゆるところで写真撮影。入り口、階段、廊下・・・。その度に、通訳さんを通してカメラマンよりリクエストが。「腕組んで〜」「手繋いで〜」「笑って〜」「はい、そこで見つめ合って〜」。で、極めつけは「新郎さん、眼つぶらないようにしてください!」・・・。確かに、出来上がった写真は、眼をつぶっている写真が多かったわ!

 たくさんのシャッター音やフラッシュを浴び、どのカメラを見ていいやら、2人とも戸惑いっぱなしでした。

 特に、写真が苦手な彼は頑張ってくれました。彼は、意識しないと口角が下がっちゃうんです。だから、とっても怖そう&怒ってる顔に写りがちなので、日頃からひなが「口角上げて!口角ー!」と言っていたの。それを思い出して、「口角上げるんだよね!」と確認してました。

 さて、部屋の前まで来たところで、新郎と列席者は一足先へ中へ。本来なら全員入って席についたところで挙式スタートらしいけど、せっかくだからと、ひなパパと入場することになったのです。だから、皆が席につくまでドアの外でしばらく待機した後に入場しました。

 式次第は、正直言ってあまりよく覚えていません。(笑)

 市長代理の方が式を司ってくれましたが、とても暖かい話の後、誓いの言葉→指輪の交換→誓いのキス→結婚誓約書にサイン(2人+立会人として両家パパ)→赤シャンパンで乾杯!だったと思います。

 式はもちろんドイツ語で。だから、誓いの言葉もドイツ語で、2人とも元気よく「Ja(ヤー)」と答えました!

 指輪の交換では、ひなの指になかなか指輪が入らず、「too small!」と言われてしまう等ハプニングもありましたが、木の温もりが感じられるこじんまりとした部屋で、木漏れ日が入り、人も環境も素晴らしく、本当に一生の思い出に残る式を挙げることができました。

 最後の乾杯では緊張が解けたせいか、2人して、珍しい赤シャンパンを2杯も飲んでしまいました・・・^^;

 赤シャンパンで乾杯の後は、列席者一人一人と握手して言葉を交わしました。

 実はね、式の最初から、隣で目頭を押える父の姿が視界に入ってきてジーンときてたんだけど、必死でこらえてたのね。でも、面と向かって握手して「今までありがとう。これからもよろしくお願いします。」と挨拶したら我慢しきれなくなっちゃって、結局泣いてしまいました。母の時も、母が既に眼に涙を貯めているのを見て、これまた涙・涙・涙・・・。お陰でその後の写真は眼が赤く腫れて写っちゃってるんだ。恥ずかしい・・・。

 この一件、「こんなバカ娘でもカワイイんだねぇ・・・」と、彼には今でもからかわれてますわっ!(-"-)ムカッ!

 厳かな挙式の後は外に出て、またまた写真撮影です。今度は宮殿の中庭で。

 ただ、挙式も終わって緊張もほぐれ、列席者全員での撮影等、和やかな雰囲気でした。が、ここでは皆が見ている前でチューさせられました。(*^-^*)  後でお義母さまが撮った写真を見ると、チューする寸前の写真があり、なんと!ひなからねだっているかのように映っていました。(恥)

 たくさんの写真を撮った後は馬車に乗って街中をぐるぐる回った後、ランチ会場へ。この道中ももちろん注目のマト。でも、景色もキレイで、皆が「Congratulation!!」とお祝いしてくれてとーっても嬉しかった。人のあったかさを感じました。笑顔で手を振り、気分はすっかりお姫さまでした。(笑)

 ランチ会場は湖畔のホテルのレストラン。湖に面したテラス席で景色も良く、和気あいあいと食事をしました。

 締め付けられてた割には、ひなもたくさん食べましたよ〜。

 ちゃんとWedding用にメニューカードも作ってくれていました。でもね、名前のスペルがちょっと違ったの。まぁ、それも思い出として大事に持ち帰り、結婚証明書と一緒に大切に保管してあります。

 楽しい食事はアッという間に終わっちゃうんだね。まだまだ皆と一緒にいたかったのに、宿泊先が違うため、ここで一旦お別れとなりました。列席者はバスでホテルへ。ひな達はサウンド・オブ・ミュージックツアーをしながら帰りました。道中、映画の撮影に使われたいろいろな所に案内してくれました。ドレスにも関わらず、ぷらっと観光もしたし、写真撮影もしたよ。そういえば、カラヤンが住んでいた家も案内してくれました。(家の人には不審がられちゃったけど・・・^^)

 そうこうしている間にホテルに到着。通訳さん、運転手さんと記念写真を撮り、記念すべき1日は無事終わりました。

 ひなも彼もモントゼーの景色の美しさにすっかり魅せられ、「将来住めたらイイネ♪」と話しています。実現するかな?

 そして、帰国後の8月8日、モントゼー市発行の結婚証明書と婚姻届を市役所へ提出し、日本でも正式に夫婦になりました。

 ちなみにこの日を選んだのは、大安&八並びの末広がりだったからです。

2月9日 -



親族だけの披露パーティー

 挙式が終わってホッとしたのも束の間、次は親族へのお披露目会の準備です。

 挙式を済ませて夫婦になったとはいえ、今後の親戚付き合いを考えれば、やっぱり大袈裟でなくとも報告の場を設けるべき!!!と、当初乗り気でなかった彼を説き伏せ、結果、広大な庭園が目の前に広がるホテル(っていうとわかる?)で行うことに決めたのです。
では、準備から順を追って書くことにしますね。



 会場決定

 もう、ホテルはココ!と決めてました

 何故か?というと、庭園がある、格式がある、ホテル全体に重厚感がある、ひな自身好きなホテル&ひなのボスがお気に入り=サービスが良い&料理が美味しい・・・といろいろありますが、一番は、ひな両親が○十年前に同じ場所で披露宴をしていたからです。

 3月下旬に下見をしたときも、ココしか見学しませんでした。人数がなかなか定まらなかったため会場を決められず、結局正式に申し込みをしたのは7月に入ってからでした。

 これはパーティー時に分かったことですが、ひな両親の他にも、ひなママの姉夫妻、ダンナ側の叔父夫妻、と、計3組も同じ場所で結婚式をしていたのです!! だから、「ココで結婚すると絶対に幸せになれる」場所なのかもしれません。

 ひなパパは挨拶の時に、娘が同じ場所で披露宴をすることになり、とても感慨深いと話してました。(これって親孝行?)



 パーティースタイル&会場装飾


 次にどのような形式にしたかというと・・・。

 始めはフレンチフルコースの正餐スタイルを考えましたが、それだとテーブル内の人としか話をしなかった、なんてことにもなりかねないので、なるべく広くコミュニケートできる場を作りたい、お仕着せではなく、親族だけならではのアットホームなパーティーにしたいと思い、着席ブッフェスタイルにしてみました。

 会場は普通の宴会場ですが、庭園に面していて前面ガラス張りの階段状の窓があり、景色は抜群!(ちょうどディナータイムだったからほとんど見えませんでしたが、所々ライトアップされていてキレイでした★) 

 人数は20人弱だったので、丸テーブルを3卓使用し、各席に2人の席を設けました。ただ、それ以外の席は事前には決めず、ひな達が皆さんをお迎えするとき、両家が均等になるようにクジをひいてもらい、そのテーブルの中で自由に座ってもらうスタイルにしました。

 実際には、直前の欠席で席の割り振りが狂ってしまい、どこに座るかで一悶着(というと大袈裟ですが、)ありましたが、そこは親戚だけのパーティー、何事もなく収まりました。

 装飾は花のみ。花にはお金をかけ、会場の広さに負けないようにボリュームを持たせました。

 色は白と青を基調に紫やグリーンをプラスし、各テーブル、会場に備え付けられているコンソール、そしてブッフェ台に花をアレンジしてもらい、どちらかというと少しシャープで大人っぽい雰囲気に仕上げてもらいました。

 コンソールには、挙式時の写真集やオーストリアでの結婚証明書を飾り、いつでも誰にでも見てもらえるコーナーも作りました。

 窓側のテーブルには水に浮かべるキャンドルに火を灯してもらい、開宴前までそこでカクテルタイム。照明を少し落とした中でキャンドルの光が揺らめき、とっても良い感じでしたよ。 (今思えば、その写真を撮り忘れたのが、とーーーても悔やまれてならないです)




 準備


 当日までの準備はやはり直前にバタバタと行いました。(笑)

 小さなパーティーだし、ひなもブライダルの仕事の経験があったので、結構楽観的に考えていたのね。でも、直前はやっぱりやることがたくさん出てきて、パーティー前1週間位はずっと夜中の1時頃まで作業してました。こんな状態が肌に良いわけがなく、案の定、顔にはぷつぷつと吹き出物ができてしまったのです・・・(T-T)

 今回は挙式地に因み、可能な限り『オーストリア』に拘りました。
 やったことといえば・・・



 招待状作成、宛名書き等発送準備

 今は可愛らしいものから和風なものまで手作り用のセットが数多く売っているので、それを利用して自作。今はCD付きのものまであり、いちいち設定をしなくていいので楽チンでした。



 挙式のアルバム作成

 外注すると高くてあまり良いものがなかったので、パーツを買い、レイアウトを考え、自分で作りました。

 ところどころに花のシールを飾ったり、ミニカードに場所名を印刷してレイアウトに加えたり、作り始めは、それなりに楽しんでいましたが、日にちが迫るにつれ、イライラへと変化していきました。(-゛-)



  引出物のラッピング

 引出物は、新婚旅行時に見つけたオーストリアの貴腐ワイン。現地で注文したのでもちろんラッピングはされていない状態。ただ、1本ずつ木箱に入っていたので特に包みはせず、赤と白のリボンを重ねてオーストリア国旗に見立て、斜めがけにしてリボン結びをしました。これが結構大変・・・。ただでさえ外れやすい斜めがけにプラスして、国旗に見えるよう赤・白・赤の幅を均等にする等、細かい作業で、ブツブツひとり言を言いながら作業してました。

 当初はこのワインだけでしたが、袋の中が寂しいので、これにデメル(ウィーン王室御用達!)のチョコレートケーキをプラスしました。もちろんこれは日本で、それもパーティーの4日前に買いに走りました。だって、思いついたのが最終の打ち合わせを9月下旬に終えた後だったんですもの・・・(^^;



 席決め用のくじ

 この日の私たちの衣装に合わせ、これは和紙の千代紙を使いました。裏面にテーブル記号を印刷し、それをくるくると巻き、両家色違いのリボンで結んでそれぞれ籐のカゴに入れて用意。カゴもそのままでは寂しかったので、リボンで装飾。



 BGM

 もちろん!サウンド・オブ・ミュージックとヨハン・シュトラウス、モーツアルトでまとめました。大まかには、迎賓〜歓談までをワルツとモーツアルトでまとめ、歓談中はサウンド・オブ・ミュージック、そしてお開き〜送賓は、挙式時に『結婚行進曲(メンデルスゾーンのほうね!)』で退場したかったのにそれが叶わなかったので、ここぞとばかりに流してしまいました!それに続けて大好きな『威風堂々』と、これからの出発を意味し、行進曲で元気に締めくくりました。

 このBGM決めが一番大変な作業だったように思います。これが小さなパーティーだから良かったものの、大きな披露宴だともっともっと悩むんだろうなぁ・・・と、ブライダルの仕事をしていた時に音楽がなかなか決まらないカップルの事を思い出し、妙に納得。



 当日

 さて、当日の2人の衣装はブッフェスタイルということもあり、ひなはもちろん、ゲストも動きやすいようにと、振袖を着ることにしました。10年前の成人式時に作ってもらって以来、謝恩会、仕事初め・・・と、5〜6回は着ましたが、ここ5〜6年は袖を通すことがなかったのです。元々着物は好きなので、これを最後にと着ることにしたのです。彼は普通のスーツでシャツ&タイの色合いを振袖に合わせ、胸元にチーフを添えました。

 このホテルで披露宴をするカップルには宿泊のプレゼントがあるのですが、ひな達は少人数なので対象外でした。でも、特別サービスで用意してもらい、おまけに、チェックイン時にひなが○○ホテル勤務とわかると、なんと差額ナシで倍額のスイートルームへランクアップしてくれたのです!図々しいと思いつつも、婚礼の申込み時に名刺を渡しておいたんです(^0^)/  ホテル名か、はたまたボスの力かわかりませんが、自腹で泊まることは滅多にない部屋に2人共大喜びでした。

 ダンナ共々「使えるコネは最大限に利用しなくちゃねーぇ♪」という結論に達しました。


 この日のヘアメイクは自分で手配していました。

 だって、ホテルに頼むと和装(白無垢や打掛)と同じ料金がかかり、更に持ち込み料も含めると10万を軽〜く越えてしまうんですもの。バカバカしくて初めから頼むつもりはなく、宿泊する部屋まで出張してくれるところを探し、ヘアメイク&着付け、おまけにひなママも着物だったので、そちらも併せてお願いしました。

 そこは事前のヘアメイクリハーサルが含まれているにも関らず、料金はホテルの半額以下。ひなの細かい注文やワガママにも快く応じてくれて、とても気持ち良く支度をすることができました。

 迎賓は前出の通り、ひな達がドア前に立ちくじを引いてもらい、中へ案内。

 司会はもちろんひな達2人。進行は、開演の挨拶→乾杯→親族紹介→歓談→新郎父挨拶→お開き→送賓という、本当に簡単なものでした。ただ、親族紹介は自己紹介形式に。名前と続柄だけでいいと考えていたけれど、いざ始まると、小さい頃のエピソード等、楽しい話がたくさん出て和やかになり、かえって良い形となりました。でもね、結構恥ずかしい話も出ましたよ・・・(でも止められない)

 その後はお開きまで歓談タイム。

 ひな達は各テーブルを回り、各席で食事と会話を楽しみました。アッという間でした。「えっ?!もう?」というカンジ。

 最後は彼パパの挨拶で締め。そういえば、「もう若くない2人ですが・・・」と言われたっけ。確かにそうだけど、ぜっんぜん嬉しくないわ。(T-T)

 引出物は、お見送りをする際に2人から手渡しました。それ以外に、会場の装花を人数分にわけて包んでもらい、一緒に渡しました。せっかく飾った花だもの、皆さんにもお裾分けしたかったのです。ひな&彼ママへは、卓上装花を丸々一つずつ、花束贈呈をしなかった代わりにプレゼントしました。でも、結構大きかったので、持って帰るのが大変だったみたいです(^^;)


 何はともあれ、これでパーティーは無事に終わりました。

 宿泊する人はいなかったので、玄関でお見送りをしてホッと一息。

 その後は疲れていながらも、せっかくセットしてもらった着付けを崩したくなく、また、2人だけで慰労会?もしかったので、ホテルのBarで飲みなおしました。

 そこで、ひな達の装いが回りと違うことに気づいたホテルスタッフが「ご結婚式だったんですか?」と聞いてくれ、照れながら「ハイ」と答えたら、何と、お皿に"Congraulation!"と書かれたケーキをサービスしてくれ、尚且つ写真を取ってカードにして渡してくれました。
こういう細かな心遣いは、本当に嬉しいですね。同じホテルマンとして惚れ惚れしたワンシーンでした。

 何はともあれパーティーも考えていた以上に盛り上がり、ホテルライフも素晴らしく、本当に良い1日を過ごすことができました。

 後日ひな伯母から、「今まで出た中でも本当に良い披露宴だったわ。特に2人が司会をしたのが良かったわ〜。」と言われました。

 彼ママからもご苦労様のメールが入っていて、「特にひなさんの・・・」と書かれてありました。(*^0^*) 彼はちょーっと納得いかないみたいだったけどね!文句言いながらも頑張った甲斐があったというものです。

 さて次は、披露宴という仰々しいものではないにせよ、彼ママ側の親戚への結婚報告&顔合わせを兼ねた食事会を、ひなのホテルで行います。プチ披露宴みたいなものかしら?自分が働いているホテルにダンナも含めて家族を連れて行くのが初めてなので、食事会よりも、そっちのほうが緊張しそうです。(笑)

2月8日 -